出版社/著者からの内容紹介
20世紀最後の巨匠は、なぜ少女を描き続けたのか。
賞賛と誤解に彩られた92年間の生涯!
賞賛と誤解に彩られた92年間の生涯!
画壇の流行に背を向け、長きにわたり半・隠遁生活を送りながら、少女という「完璧な美の象徴」を画布に塗り込めたバルテュス。
取材を拒み、アトリエに他人が入ることを決して許さず、1枚の絵に完成に数年を費やした「孤高の画家」の人生の物語を、夫人の回想と初公開写真の数々でたどり、真実のバルテュス像を浮き彫りにする!
内容(「BOOK」データベースより)
画壇の流行に背を向け、半・隠遁生活のなかでひたすら描きつづけた「孤高の画家
」バルテュス。誤解と賞賛に彩られた人生の物語を、アトリエや寝室、素描帖の初公開写真と節子夫人の回想でたどる。
内容(「MARC」データベースより)
92年間の生涯を、ひたすら描きつづけた孤高の画家
・バルテュス。代表作を網羅
し、誤解と賞賛に彩られた人生の物語を、写真や節子夫人の回想で辿る。『芸術新潮』2001年6月号特集「バルテュス」を再編集・増補。
出版社からのコメント
2008年には生誕100年を迎えるバルテュス。その私生活は長らく謎のヴェールに包まれていました。本書は、代表作はもちろん、彼の暮らした館や遺品の数々を美しい写真で紹介しているほか、節子夫人の心のこもった回想録を掲載しています。未発表のスケッチや、あまり紹介されたことのない初期作品、未完の遺作なども収録。バルテュスのファンはもちろん、節子夫人のファンの方々にも、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。
著者について
バルテュス●バルタザール・クロソフスカ
・ド・ローラ
1908年、ポーランド貴族の血を引く家族の次男として生まれる。画才を詩人リルケに認められ、12歳で初の画集『ミツ』を出版。絵画の道へ。1934年、パリで開いた個展で一躍有名に。ピカソをして「当代のもっとも偉大な画家」と言わしめた。1953年
、45歳で南仏の片田舎に蟄居。1961年
、ローマのアカデミー・ド・フランス館長に就任。翌年、来日して節子夫人と出会う。1977年
、健康上の理由からスイスに転居。2001年、92歳で死去。具象画ながら、神秘的で謎めいた画風で知られる。
1908年、ポーランド貴族の血を引く家族の次男として生まれる。画才を詩人リルケに認められ、12歳で初の画集『ミツ』を出版。絵画の道へ。1934年、パリで開いた個展で一躍有名に。ピカソをして「当代のもっとも偉大な画家」と言わしめた。1953年
節子・クロソフスカ・ド・ローラ●せつこ・くろそふすか・ど・ろーら
東京生まれ。1962年、上智大学フランス語科在学中にバルテュスと出会う。1967年
、結婚。70年代より自らも画家として活動をはじめる。2002年、バルテュス財団発足とともに名誉会長に就任。現在、モロッコのフェズ国際神聖音楽祭名誉委員。2005年、ユネスコ「平和のアーティスト」の称号を授与される。随筆家としても活躍中。著書に『見る美 聞く美 思う美』(祥伝社
)『グラン・シャレ 夢の刻』(世界文化社
)がある。
夏目典子●なつめ・のりこ
東京生まれ。1960年代、出版社で編集に携わる。70年渡仏。さまざまな芸術家と親交が深く
、多くのインタビューを手がける。バルテュスとその家族との交流は1991年から現在に至る。画家の愛猫″ミツ″の子と暮らす。著書に『パリ近郊芸術家の館』(婦人画報社)『フランスとっておき芸術と出会う場所』(学陽書房
)ほか。日本現代詩
人会会員、フランスのサン・ソヴール コレット友の会会員。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ローラ,節子・クロソフスカ
・ド
東京生まれ。1962年
、上智大学フランス語科在学中にバルテュスと出会う。1967年
、結婚。70年代より自らも画家として活動をはじめる。2002年、バルテュス財団発足とともに名誉会長に就任。現在、モロッコのフェズ国際神聖音楽祭名誉委員。2005年、ユネスコ「平和のアーティスト」の称号を授与される
夏目 典子
東京生まれ。1960年
代、出版社で編集に携わる。70年渡仏。さまざまな芸術家と親交が深く
、多くのインタビューを手がける。バルテュスとその家族との交流は1991年から現在に至る。画家の愛猫“ミツ”の子と暮らす。日本現代詩
人会会員、フランスのサン・ソヴールコレット友の会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
東京生まれ。1962年
夏目 典子
東京生まれ。1960年



