内容(「BOOK」データベースより)
熊谷守一の自由な精神が宿る「言行録」とも言える随筆集待望の復刻。
内容(「MARC」データベースより)
わたしは好きで絵を描いているのではないんです。絵を描くより遊んでいるのが一番楽しいんです…。熊谷守一の自由な精神が宿る「言行録」。油彩、日本画、書など20点をカラー掲載に変更するなどした、76年刊の新装改訂版。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
熊谷 守一
1880年岐阜県に生まれる。裕福ながら複雑な家庭に育ち、のち家の没落にあう。東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科選科卒業。母の死を契機に三十代の一時期故郷に戻り、山奥で伐採した木を川流しで搬送する日傭(ヒヨウ)の仕事を体験する。1939年ころより、輪郭と平面による独特な表現に移行し、近代日本洋画に超然たる画風を築く。自然に近い暮らしぶりと風貌から「仙人」と呼ばれ、生き様、作品、書などが多くの文化人を魅了する。八十五歳のとき文化勲章を辞退。俗世の価値観を超越した“自由な精神”で、ただ自由に自分の時間を楽しむことを願った生涯だった。1977年
没、享年九十七歳。亡くなるまでの四十年間を過ごした東京都豊島区の住居跡に熊谷守一美術館が、郷里の岐阜県・付知町に熊谷守一記念館がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1880年岐阜県に生まれる。裕福ながら複雑な家庭に育ち、のち家の没落にあう。東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科選科卒業。母の死を契機に三十代の一時期故郷に戻り、山奥で伐採した木を川流しで搬送する日傭(ヒヨウ)の仕事を体験する。1939年ころより、輪郭と平面による独特な表現に移行し、近代日本洋画に超然たる画風を築く。自然に近い暮らしぶりと風貌から「仙人」と呼ばれ、生き様、作品、書などが多くの文化人を魅了する。八十五歳のとき文化勲章を辞退。俗世の価値観を超越した“自由な精神”で、ただ自由に自分の時間を楽しむことを願った生涯だった。1977年



