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黒い太陽と赤いカニ―岡本太郎の日本: 椹木 野衣: 本

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黒い太陽と赤いカニ―岡本太郎の日本

黒い太陽と赤いカニ―岡本太郎の日本
   かつて岡本太郎は「対極主義」の実践を説いた。互いに対立する2つの要素を同時に共存させることにこそ芸術の本質があるとでもパラフレーズできるこの主張は、「日本」と「西洋」、「縄文」と「現代」といった具合に、太郎の実人生や作品のなかにさまざまな痕跡をとどめている。この主張は多くの人々を魅了したが、気鋭の美術評論家として知られる著者もその1人だったらしい。著者の関心は、戦後美術史の意欲的な再構成として注目された『日本・現代・美術』にも断片的に現れていたが、独立した1冊の書物としてまとめられた今回の論考は、多くの資料を参照しまた生涯全体を視野に収めていることもあって、より本格的な太郎論に仕上がっている。

   もっとも、内容自体は大幅にバージョンアップされているにしても、「対極主義」を重視する著者の基本的スタンスは以前と変わっていない。多くの読者が予測するとおり、本書最大のハイライトはやはり70年大阪万博について述べたくだりだが、著者は、太郎の長きにわたる戦前のフランス留学時代や「バクハツおじさん」として大衆の笑いの対象となった晩年にも等しく注意を払い、この人物の生涯を大胆で繊細な1本の線として引く力業を展開してみせる。また太郎の思索の根底にはバタイユやコジェーヴからの影響を独自に消化した弁証法的な枠組みが潜んでいるとの指摘にも、今さらながらなるほどと思わせられる。毀誉褒貶(きよほうへん)に満ちた太郎の生涯を包括するのに、それ自体弁証法のような構造を持つ「対極主義」という視点は大いに有効なのだろう。

   太郎ルネサンスとも呼ぶべき21世紀の現在とは隔世の感があるが、90年代の一時期には太郎の名がほとんど忘れ去られていたことがあり、著者は自らにもその責任の一端があると感じている節がある。また現代美術や社会運動に詳しい読者であれば、著者が太郎の「殺すな」という一言に刺激されてイラク戦争の反戦運動を組織した事実も周知のことだろう。「太郎の『否(ノン)!』はいっそう暗く、赤い光を上げはじめる」という印象的な締めくくりは、著者の太郎受容の濃密さをも物語っているはずだ。(暮沢剛巳)

出版社/著者からの内容紹介

燃えあがる情熱と醒めた知性と。太郎が唱えた対極主義は、彼の生き方そのものだった――。太郎の内面の葛藤にまで分け入り、みずみずしい感性で描き出す、まったく新しい岡本太郎像。

内容(「BOOK」データベースより)

燃えあがる情熱と醒めた知性と―太郎が唱えた「対極主義」は彼の生きかたそのものだった。初の本格的岡本太郎論。

内容(「MARC」データベースより)

燃えあがる情熱と醒めた知性と-。太郎が唱えた「対極主義」は、彼の生き方そのものだった。初の本格的岡本太郎論。『中央公論』2002年1月~2003年1月号連載を単行本化。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

椹木 野衣
1962年、秩父市に生まれる。同志社大学文学部卒業後、90年代初頭より美術評論家として活動を始める。現在、多摩美術大学助教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

目次

顔のなかの「黒い穴」
お笑いか教祖か前衛か
バタイユと「爆発」
対極主義と「絶対的な引き裂き」
「コジェーヴの日本」への挑戦
縄文的なるものと日本的なるもの
日本と日本列島の果てしない相克
「森の掟」とギャグ漫画
岡本太郎とタイガー立石
「太陽の塔」の皮膜を裏返す
見えない都市とベラボーな塔
一九七〇年の祭りの理論
なんにもない世界