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ヴィーナスを開く―裸体、夢、残酷: ジョルジュ ディディ=ユベルマン Georges Didi‐Huberman 宮下 志朗 森元 庸介: 本

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ヴィーナスを開く―裸体、夢、残酷

ヴィーナスを開く―裸体、夢、残酷

出版社/著者からの内容紹介

「ヌード」の名作《ヴィーナスの誕生》はなぜ「裸体」ではないのか?《ナスタージョ物語》で女の身体が切開される意味は? フィレンツェ・ルネサンスの本質に迫る卓抜な美術批評。

内容(「BOOK」データベースより)

新たな美術史の到達点!フロイト、サド、バタイユを通じて、ボッティチェッリの名作「ヴィーナスの誕生」「ナスタージョ物語」を分析し、エロスの豊饒さに向けた開放と、タナトスの残酷さによる裂開へと導く。

内容(「MARC」データベースより)

なぜ「ヴィーナスの誕生」は裸体ではないのか。「ナスタージョ物語」で女の身体が切開される意味とは。フロイト、サド、バタイユを通じて名作を分析し、エロスの豊饒さに向けた開放と、タナトスの残酷さによる裂開へと導く。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

宮下 志朗
1947年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。フランス・ルネサンスの文学と社会、書物の文化史

森元 庸介
1976年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。フランス地域文化研究、近世美学史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

目次

理想の裸体―メディチ家のヴィーナス
不純なる裸体―貞潔と恐怖のあいだ
罪深き裸体―「女を避けて、生きる」
残酷な裸体―「死そのものが、祝祭に加わっていた」
心的な裸体―刃のごとき魅惑
開かれた裸体―医師たちのヴィーナス