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KEISAI RYAKUGA: 鍬形 〓@62D4@斎 芸艸堂編集部: 本

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KEISAI RYAKUGA

KEISAI RYAKUGA

内容(「MARC」データベースより)

江戸後期、津山藩お抱え絵師として活躍した〓斎は、世相の人物・鳥獣を描いて軽妙、魚介を描いて秀でて精妙。更に山水・草花に筆をとれば卓抜な画技を披瀝した。高名な「北斎漫画」の先がけをなした略画の数々を集成する。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

鍬形 〓@62D4@斎
明和元年(1764)江戸堀留杉森新道の畳職人赤羽義珍の子として生まれる。安永5年(1776)頃十三歳にして、北尾重政に入門。安永7年(1778)咄本『小鍋立』に挿絵を描く。浮世絵師として十五歳のデビュー。安永9年(1780)頃師重政より「政美」の画号を許される。天明年間(1781~1788)黄表紙など版本類の挿絵で才筆を揮う。作品数は鳥居清長を抜いて最多となる。寛政6年(1794)美作国津山藩松平家の御抱絵師として出仕。剃髪し法体となる。〓@62D4@斎と改号。寛政9年(1797)藩主の命により、江戸城奥絵師狩野惟信に入門し、紹真と名乗る。鍬形姓となる。『鳥獣略画式』刊。翌年『人物略画式』、翌々年『山水略画式』刊。文化年間(1804~1817)松平定信の依頼により「近世職人尽絵詞」。(文化元~同3年)制作。代表作「江戸一目図屏風」(六曲一隻)制作。津山藩主の参勤交代に供として付き従う。文化8年士分となる。亀田鵬斎や酒井抱一らと親しく交流する。文政4年(1821)「隅田川図屏風」(八曲一隻)制作。文政7年(1824)3月22日病歿(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)