内容(「BOOK」データベースより)
満寿夫と陽子の究極の愛のコラボレーションついに完成。
内容(「MARC」データベースより)
自らの版画作品において、「性」を生命の豊かさを表現する一つの楽しみとして描き続けた池田満寿夫。その数々の作品を、彼が残した言葉を添えて紹介する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
池田 満寿夫
1934(昭和9)年生まれ。1949(昭和24)年長野県立長野北高等学校
(現・長野高等学校
)入学。1951(昭和26)年第1回全日本学生油絵コンクールで「橋のある風景」がアトリエ賞を受賞。1953(昭和28)年第17回自由美術家協会展で「傷んだ土地」が初入選。1957(昭和32)年第1回東京国際版画ビエンナーレ展「太陽と女」が入選。1960(昭和35)年第2回東京国際版画ビエンナーレ展で「女の肖像」「女・動物たち」「女」3点が文部大臣賞を受賞。一躍脚光を浴びる。以降、数々の賞を受賞。国際的に活躍する。1997(平成9)年逝去
佐藤 陽子
ソ連の名バイオリニスト、レオニード・コーガンに認められ、1959年
、モスクワ国立音楽院付属音楽学校に入学し直接指導を受ける。チャイコフスキー国際コンクールをはじめ多くの国際コンクールに上位入賞し、71年、同音楽院を首席で卒業。74年、マリア・カラスに声楽
の素質を認められ、唯一の弟子として薫陶を受ける。75年、ルーマニア
にて「蝶々夫人」で絶賛のうちに声楽
家デビューを飾り、以後、バイオリニスト兼声楽
家として国内外で活躍。また、79年には池田満寿夫とM&Y事務所を設立し、生涯をともに歩む。おしどり夫婦として多くのTV番組に出演するなど、マスコミの脚光を浴びる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1934(昭和9)年生まれ。1949(昭和24)年長野県立長野北高等学校
佐藤 陽子
ソ連の名バイオリニスト、レオニード・コーガンに認められ、1959年



