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やわらかいブレイン―門脇俊一の独学・自由・創造: 梶山 允生 梶山 邦子: 本

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やわらかいブレイン―門脇俊一の独学・自由・創造

やわらかいブレイン―門脇俊一の独学・自由・創造

出版社/著者からの内容紹介

内容
“芸術に関して私に不可能は無い”
ピカソも敬服した天才・門脇俊一の絵!
文化勲章をも辞退し、生涯自由を貫く芸術家・門脇俊一。
水彩・屏風・木版・油彩など全てで頂点を極めたその驚異の画業を、門脇画伯本人のことばと共に綴る!

門脇俊一略年譜
門脇俊一(かどわき・しゅんいち)
1913年 香川県観音寺市に生まれる。
 46年 門脇俊一展(佐世保親和銀行ホール、戦後日本初の個展)。
 61年 版画展(阪急百貨店、以後十年間個展継続)、
 62年 個展(近鉄百貨店、以後十年間個展継続)
 64年 個展(三越百貨店本店、以後二十年間個展継続)。
 65年 人間国宝、日展審査員を辞退。
 67年 門脇木版美術館開設。
 73年 文化勲章辞退。同年、読売TV「門脇俊一の世界」放映。
 88年 瀬戸大橋博覧会に220メートルの屏風絵「空海行状起」を出品。
 90年 大成建設第一回個展(新宿センタービル)。
 93年 NTV「技あり日本・画壇の野人・門脇俊一」放映。
 94年 大成建設第二回個展(新宿センタービル)、門脇俊一展(国立パリ高等美術学校で一ヵ月間)
 97年 大成建設第三回個展。
 02年 「うだつの街並にぎわい図」屏風絵展
 04年 「男女和合之図」イタリア(フィレンツェ)個展

主な作品集に、「門脇俊一作品集」(講談社)「生命の美・男女和合之図」(アート・グラフ社)、「四国霊場めぐり」(毎日新聞出版)などがある。

内容(「BOOK」データベースより)

ピカソも敬服した天才・門脇俊一の絵。横山大観も描けなかった「皇居の絵」を日本で初めて完成。ピカソ、マチス、ゴッホも描けなかった「男女和合之図」を世界で初めて完成。

内容(「MARC」データベースより)

横山大観も描けなかった「皇居の絵」を日本で初めて完成。ピカソ、マチス、ゴッホも描けなかった「男女和合之図」を世界で初めて完成。ピカソも敬服した天才・門脇俊一の絵と言葉の作品集。

著者からのコメント

このような本はいままでありませんでした。この本から、見る人全員が喜びや楽しさを感じることができます。言い換えれば本の中の絵と言葉から、子供、若者、老人、それぞれの見る人の能力に応じて喜びを得ることができるのです。見る人の能力とは感性、理性およびその相乗作用の働きの大きさです。門脇俊一氏の「絵・美学・哲学」は今の世界の水準をはるかに越えたところにあります。この本は氏の考え方を伝えることで、次元の低い物欲、金銭欲を超えて、より次元の高い欲求とは何かを教えてくれることでしょう。

著者について

著者プロフィール
梶山允生(かじやま・のぶお)
1940年生まれ。76年門脇俊一画伯に接し、以後今日まで親交を結ぶ。1983年~2002年経営コンサルタント。個人と集団の研究と門脇美術の研究が融合して新しい人間の可能性を発見。

梶山邦子(かじやま・くにこ)
1942生まれ。56年門脇画伯の絵をみて大感動。徳島大学美術科を卒業後、中学の美術教師。92年 制作に専念するため退職。夫・二人で「わきまち画廊」を経営。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

梶山 允生
1940年生、1976年門脇俊一画伯に接し、以後今日まで親交を結ぶ。1983年~2002年経営コンサルタント。個人と集団の研究と門脇美術の研究が融合して新しい人間の可能性を発見

梶山 邦子
1942年生、徳島大学美術科を卒業後、中学の美術教師。1992年制作に専念するため退職。夫・允生と共に二人でわきまち画廊経営(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

目次

水彩画(浜辺の幸
海水浴 ほか)
水彩画屏風(うだつの街並にぎわい図
空海行状起 ほか)
木版画(不動明王
四国八十八ヶ所霊場(太山寺) ほか)
油彩画(浜辺
瀬戸内 ほか)