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表現の現場―マチス、北斎、そしてタクボ (講談社現代新書): 田窪 恭治: 本

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表現の現場―マチス、北斎、そしてタクボ (講談社現代新書)

表現の現場―マチス、北斎、そしてタクボ (講談社現代新書)

出版社/著者からの内容紹介

「林檎の礼拝堂」から新しい現場へ
北斎、マチス、ピカソ、ル・コルビュジェ、絵巻物、洞窟画……そしてタクボ!!

作家がいなくなった未来においても生き続ける表現の現場こそ、私がめざす「風景芸術」なのだ。

若冲の部屋――私が画家になったのは、少年の頃の不思議な体験がきっかけだった。……白日夢のような、その時の感覚が忘れられなくて、いまだに私は、あっち側(闇)とこっち側(光)の境界をさまよっているような気がする。その不思議な空間は、四国こんぴらさんの奥書院にある『百花の間』である。秋の日の午後、ひんやりとした空気のなかで、薄暗い部屋の壁に、じっと目を凝らすと、金砂子の背景から、紅い椿や白い菊、梅や山百合、朝顔や鉄線、紫陽花や向日葵などなど、色鮮やかな自然の花が、暗い闇のなかから湧き出して、私の目の前に、次々とその姿を現す。私は座っていた6畳の畳の床からふわふわと浮きあがり、沢山の折花とともに、重力を失ったまま宇宙をさまよっているような錯覚をおぼえた。……この部屋に花の絵を描いた画家は、京都、高倉錦小路の青物問屋、桝屋の長男として1716年に生まれた伊藤若冲(じゃくちゅう)である。――(本書より)

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

田窪 恭治
1949年生まれ。多摩美術大学卒業後、国内外の画廊や美術館などで発表多数。89年から99年まで実施した『サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂再生プロジェクト』により「芸術・文化勲章オフィシェ」(フランス)、「村野藤吾賞」(建築)など受賞。現在『琴平山再生計画』を実施中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

目次

第1章 プロローグ―あるいは田窪恭治の軌跡
第2章 線と眼差
第3章 未完成
第4章 封印された時
第5章 東西絵巻
第6章 風景芸術