アート・建築・デザイン 絵画

マン・レイ自伝 セルフ・ポートレイト: マン レイ Man Ray 千葉 成夫: 本

PR
ブラウズ

マン・レイ自伝 セルフ・ポートレイト

マン・レイ自伝 セルフ・ポートレイト

出版社/著者からの内容紹介

「わたしは事実、もうひとりのレオナルド・ダ・ヴィンチであったのだ......」マン・レイの真実が、自身の言葉で綴られる、決定版自伝。ピカソ、デュシャン、ダリ、モンパルナスのキキ、ブルトンなど、ダダ、シュルレアリスム、エコール・ド・パリの俊英のさまざまなエピソードがちりばめられている。原書版に100点あまりの図版を追補し、「アングルのヴァイオリン」「ガラスの涙」から、ジェイムズ・ジョイス、ジャン・コクトーらの肖像写真、1930年代の『ハーパース・バザー』を飾ったモード写真、絵画作品・オブジェまで、多彩な活動を概観する。

内容(「BOOK」データベースより)

ピカソ、デュシャン、ダリ、キキ、フルトンらとの交遊を交えて綴られた決定版自伝!写真作品95点収録。

著者について

マン・レイ(Man Ray) 
1890年、フィラデルフィアに生まれる。マルセル・デュシャンらとともに、ニューヨーク・ダダの先駆的な画家として頭角を現す。1921年に渡仏。ダダ、シュルレアリスム運動に関わり、ブルトン、エリュアール、ツァラ、ピカソ、ダリ、エルンストらと交流を結ぶ。写真家としての活動も開始し、レイヨグラフ、ソラリゼーションなどさまざまな実験的な手法を編み出す一方、『ハーパース・バザー』などの雑誌を舞台に、伝説的なアートディレクター、アレクセイ・ブロドヴィッチとともにモード写真の礎を築いた。1976年没。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

レイ,マン
1890年、フィラデルフィアに生まれる。マルセル・デュシャンらとともに、ニューヨーク・ダダの先駆的な画家として頭角を現す。1921年に渡仏。ダダ、シュルレアリスム運動に関わり、ブルトン、エリュアール、ツァラ、ピカソ、ダリ、エルンストらと交流を結ぶ。写真家としての活動も開始し、レイヨグラフ、ソラリゼーションなどさまざまな実験的な手法を編み出す一方、『ハーパース・バザー』などの雑誌を舞台に、伝説的なアートディレクター、アレクセイ・ブロドヴィッチとともにモード写真の礎を築いた。1976年

千葉 成夫
1946年、岩手県生まれ。中部大学国際関係学部教授、美術評論家。近代・現代美術についての執筆活動に専念(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

目次

ニューヨーク
リッジフィールド、ニュージャージー
ニューヨークふたたび
パリ
ポール・ポワレ―ついにつくられずじまいの肖像
実録モンパルナスのキキ
貴族階級との交際
アメリカおよびイギリスの作家
画家と彫刻家
ダダの映画とシュルレアリスム
占領と脱出
ハリウッドを発見する
パリふたたび