アート・建築・デザイン 絵画

藤田嗣治 作品をひらく -旅・手仕事・日本-: 林 洋子: 本

PR
ブラウズ

藤田嗣治 作品をひらく -旅・手仕事・日本-

藤田嗣治 作品をひらく -旅・手仕事・日本-

内容紹介

【第30回サントリー学芸賞/第26回渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトンジャパン特別賞受賞作】
越境する創造者―。パリ、ニューヨーク、サンパウロ、北京……異文化を放浪して藤田が追い求めたものは何か。絵画にとどまらず、写真、映像、装丁、衣装にいたるまで、豊穣な創作活動を徹底検証。これまでの評伝を超え、多数の図版掲載を実現して作品から画家に迫った意欲作。

内容(「BOOK」データベースより)

パリ、ニューヨーク、サンパウロ、北京…異文化を放浪して藤田が追い求めたものは何か。絵画にとどまらず、写真、映像、装丁、衣装にいたるまで、その豊穣な創作活動を徹底検証。多数の図版掲載を実現し、作品から画家に迫った意欲作。

レビュー

「京都新聞」(08年6月1日)書評欄「読書 本を語る」より
【貪欲な探究者像を読む】
……「藤田を冷静に作品から考えたいと思った。なぜフランスで成功でき、裸婦から戦争画まで、あんなに幅広い画風を生んでいったのか」。京都造形大准教授の林洋子さんは言う。長年の緻密な作品分析に基づく藤田論を、大著にまとめた。
新鮮な論点がある。例えば藤田が1920年代のパリで評価された理由だ。通常は、独自の白地に繊細な墨線で裸婦を描き、西洋と日本を巧みに融合させたためといわれる。だが、それだけではない。裸婦の背景にジュイ布(さらさ)を描いている意味を指摘する。
それは当時、フランス人に懐旧の念を呼ぶ品だった。「本場のパリで油絵を買ってもらうにはどうすればいいか。藤田はすごく考え、敏感なアンテナでフランス人の流行、好みを読んでいた」
林さんは90年代初め、勤務先の美術館で、梱包されたままの不思議な寄託品と出合う。30年代の藤田の壁画を断裁した一部だった。著作権者の抗議で展開できず収蔵庫に眠っていた。
この壁画は、20年代の裸婦と40年代の玉砕図にどうつながるのか。抱いた疑問を解くのに15年かかった。自らもパリに留学し、異文化や異分野に踏み込む中で、藤田がいかに異域の文化を貪欲に吸収し、時代や社会に対応した次なる絵画表現を探究し続けた画家だったかが見えてきた。
「戦略的でもあったが、根っからの絵描き。だからこそ、絵を描ける環境へと国境も越えて移っていった。これだけ好きな表現をできて、創作者としては幸せな人生だったと思う」。次は、この「終生描くのをやめなかった稀有なる画家」の評伝を書きたいそうだ。【林 洋子氏へのインタビューより】

レビュー

「日本経済新聞」(08年6月15日)書評欄より
【神話はぎ絵画生成の現場に迫る】
……本書は、毀誉褒貶に揺れるその生涯の振幅に挑む。数々の評伝とは一線を画し、一次史料発掘を手がかりに、神話・醜聞の堆積の下に隠されてきた作品生成の現場に迫る。膨大な資料を整理する手際には、「詰将棋」の手堅さがある。
……藤田は自作の玉砕図に賽銭を投げて額ずく民衆の姿に戦慄を覚え、芸術家たる社会的使命を自覚したという。職人芸が「彩管報国」に同調しえた時局にあって、芸術家の「良心」とは何なのか。本書はこうした問いかけに禁欲的だが、それだけに貴重な学術的里程標となるだろう。【国際日本文化研究センター教授・稲賀 繁美氏】

レビュー

「読売新聞」(08年6月29日)書評欄より
【多面的な全体像に迫る】
藤田嗣治と言えば戦争画と戦争責任の視点で問われる画家であった。戦前のパリでの奔放な生活、日本美術界における嫉妬の感情、などが噂と風評の対象にしてしまった。しかしそのことが、著者述べるが如く藤田の芸術の正当な分析と評価を妨げてきた。だからこそ藤田をまるごと捉えよう、藤田の「作品」を考察の対象にしようという著者の姿勢は、首肯できるのだ。
……500頁の大著である。しかし丁寧に序章で全体の見取り図を提示しているので、シロウトでも通読可能である。多数の絵画や写真がちりばめられ、藤田の世界の広がりを示す十九にも上るコラムと相俟って、本書を読み進めるとあたかも藤田の展覧会を見て歩いているような感覚に襲われる。寄り添うのである。……
藤田は「旅」の芸術家であった。大西洋と太平洋と越えて、欧米・中南米そしてアジアを空間移動し自らの表現に内包していった稀有な画家であった。その藤田を描くのに著者は多様な文献資料、絵画情報を駆使し、ジグソーパズルを解くが如き面白さで各章を編んであきさせない。また朝鮮・沖縄との関係、クローデルや岡本太郎との関係、それに子供や動物や信仰を描くこと。これらに触れたコラムから藤田の多面的な姿が浮かび上がる。
それにつけても「戦争画」「玉砕図」の時代の藤田をどう位置づけるのか。憲法学者の宮沢俊義、外交評論家の清沢例にも逸脱現象はある。作曲家の信時潔はそのレベルを超越してしまった。逸脱と超越と、どうやら藤田はその中間に位置したように思われる。彼が著者指摘するが如く、芸術としての「戦争画」を主張していたら、はたしてどうだったであろうか。【御厨 貴氏】

著者について

林 洋子(はやしようこ):1965年、京都市に生まれる。東京大学文学部卒業・同大学院修了、パリ第一大学文学博士、東京都現代美術館学芸員を経て、現在は京都造形芸術大学准教授。著書に、『近代日本と仏蘭西』(共著、大修館書店、2004)、『現代芸術論』(共著、武蔵野美術大学出版局、2002)、『20世紀の美術』(共著、美術出版社、2000)、『日本美術史の水脈』(共著、ぺりかん社、1993)などがある。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

林 洋子
1965年京都市に生まれる。東京大学文学部卒業・同大学院修了、パリ第一大学文学博士。東京都現代美術館学芸員を経て、京都造形芸術大学准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

日本経済新聞 [08/6/15(日) 読書欄(稲賀繁美氏)

「数々の評伝とは一線を画し、一次史料発掘を手がかりに、神話・醜聞の堆積の下に隠されてきた作品生成の現場に迫る。」

讀賣新聞 [08/6/29(日) 読書欄(御厨 貴氏)

「本書を読み進めるとあたかも藤田の展覧会を見て歩いているような感覚に襲われる。」

朝日新聞 [08/8/19(火)] 文化欄から

林氏の著作は、作品本位で藤田を分析した初めての本。28年の大作は藤田の変わり目で極めて重要。藤田研究は始まったばかり。

目次

[目 次]

第I部 見出されたパリ
第1章 パリ美術界と出会う
第2章 パリ風景を描く
第3章 初めてのブックワーク

第II部 乳白色の裸婦と手仕事
第4章 新しい裸婦像の確立
第5章 「乳白色の下地」の下地
第6章 二枚の《私の部屋》
第7章 ベルギーでの名声

第III部 パリの日本人美術家
第8章 パリで日本イメージを求められる
第9章 パリの「現代日本美術」展と藤田
第10章 増加するパリの日本人美術家のなかで
第11章 パリでの壁画制作と日本の表象

第IV部 旅する画家
第12章 多文化との出会いと壁画制作の実践
第13章 壁画から戦争画へ
第14章 「玉砕図」というフィクションへ
第15章 アメリカン・コネクション
終 章 「二重亡命者」としての晩年